「いーんちょ……俺、何回も言ってるけど」
 半ば呆れたような口調でミツムネが言った。
「別にMじゃねぇから」
 俺に縛られて、あられもない恰好で。

 放課後の理科室には、まだ薄く薬品の匂いが残っていて。化学部が撤収して間もないのだという事を頭の隅で思い返す。
「……人が、戻ってくるかもな」
「っはぁぁぁ!?」
 焦りと怒りの混じった表情でミツムネが睨む。それをスルーして、俺は彼の肌に張られた紐をじっと見つめた。
「……今日は我ながら上手くできた気がする」
「フェチってんじゃねぇよ!」
 いつの間にかこうした関係になって、いつの間にか妙なプレイを覚えた。
ミツムネは嫌がるが、こうしてやると感度の上がる事を本人は知っているのだろうか。

「乳首、勃ってるけど」
「わざわざ言うな……っ! 擦れて痛ェんだよっ!」
「痛い?」
 俺を誘うように赤く熟れさせているくせに、痛いとは心外だ。
「気持ち良い、の間違いだろう」
 耳元に囁いた言葉に
「日本語ぐれぇ正しく使えンだよ」
 唸るような声で返す。どこまでも反抗的なその態度は、ますます俺を駆り立てる。
「そう……『痛い』んだ?」
 確かめるように言いながら、俺は彼の股間を包囲した細い紐に手をかけた。
「……んっ……!!」
 クイ、と釣り上げると、主張した塊が下着ごと持ち上がる。
「……本当に、痛い?」
「い……っ」
 眉間にシワを刻みながら、ミツムネが顔を背ける。もうはっきりと形を表わしたそれが、紐の動きに合わせて上下に揺れた。
「ね……痛い?」
「……っ!! ぃ……っ、た、ぁぁ……っ」
 言葉よりも先に、押さえきれない喘ぎが吐き出される。痛みなど、あるはずがない。例えあったとしても、それは欲望を加速させるための媚薬だ。
「恥かしいな……足、こんなに開いてさ」
「お前がやったクセに……っんぁっ!」
「理科室の机の方が大きいから、開くの楽だろう?」
「……くぅ……っ」
 片方の手で紐を操りながら、俺は彼の左脇を辿る。何度見ても引き込まれる、大胆なトライバルタトゥー。ミツムネが体をよじる度に、鳳凰が組紐の下で足掻いた。
「はぁっ、はぁっ……」
 荒い息のまま、獣がこちらを見る。強い視線の中に、艶かしさを称えながら。
「も……、触れよ……」
「俺に命令?」
「……うっせェ……命令で悪ィか……っ!」
 全身を縛られて。乳首を腫れさせ、股間を膨らませながら、それでもなお強気でいるその姿に、俺は欲情を隠せない。
「早く……っ、触れって言ってンだろーが……」
「……倣岸(ごうがん)だな」
 その態度に満足して、そっと股間に手を這わせる。
「んんっ……くぅ……っ!!」
 ビクリを体を跳ねさせると、ミツムネは強請(ねだ)るように腰を押し付けてくる。
「お前が動くな。それじゃただの自慰だろ?」
「るせぇ……っ……だったら早く、動かせってのォ……っ」
 言いながらも腰を擦らせるミツムネ。俺は観念すると、しっかりと質量をもったその塊を根元から切っ先まで撫で上げた。
「んぁ……っ、ぁぁあっ!」
 二度、三度。四度目は待ちきれなかったかのか、内股を震わせて先端に小さなシミを作る。
「なに、もうイきたいのか」
「お前がユルユル触ってるからだろゥが!」
 吼えるように言うが、息は欲望に負け十分にあがっている。そのアンバランスな強がりに駆り立てられて、俺はミツムネに覆いかぶさった。
 息を許さないほどの激しいキス。敏感になった胸の飾りを指先で押しつぶしながら、屹立した下半身を布の枷から開放してやる。
「んぅっ……!!」
「熱いな……こんなに濡らして、はしたない」
 先ほど放たれたばかりの粘液を広げると、先端が小さな口を開けてまた涎を垂らす。
「も……っ、イかせ、ろぉ……っ」
 激しい息の下で、上ずった声が切望する。それでも執拗に緩やかな刺激を与え続けると、耐えかねたのか、ミツムネが大きく首を反らせた。
「ァ、ぁああ……っ!!」
 金髪の下からのぞく茶色の髪を引いて、俺は彼の頭を抱き寄せる。手錠のように繋がれたままの両手で、ミツムネもまた俺の頭部を抱いた。
 制服が汗にまみれるのも厭わない。ただひたすらに、この獣を抱いて犯したい。
「いーんちょーのも……早、くっ」
 この後に及んで、ミツムネは俺を気遣う。いや、共に果てようというのは、自分だけが昇天させられるのが恥ずかしいからなのか。
「……今日はお前が先にイけ」
「なん……っで」
「……、イかせてやるって言ってるんだ」
「っぁぁああっ!」
 返事を待たずに、俺は愛撫の速度を上げる。汗と体液で滑りの良くなった雄は、もはや限界寸前まで達している。
「ぃ…………っ」
 甘い声を上げようとミツムネが口を開いた刹那、ドアの外で小さな物音が聞こえた。
「!!!」
 息を飲み、ミツムネが俺を見る。天敵から逃れる小動物のような、最低限の息づかい。神経を集中させて、音の発生源を探る。
 ドアには内側から鍵をかけた。開けるために必要な鍵は俺の手元に1本と、用務員室のスペアキー。やって来た人物が生徒なら、鍵の在り処をすぐには思いつかない。
「…………」
 不安気な表情でこちらを見るミツムネに、俺は「大丈夫だ」と目で合図する。やがて廊下を踏みしめる高い靴音に、これは生徒だと確信を持った。つまり、このドアはやすやすとは突破されない。だったら……
「……っぁ!!」
 誰かが聞き耳を立てているかもしれないという不安は、緊張感と高揚感にすりかわる。
「バレたくなかったら、耐えろよ」
 囁いた声に、歯をくいしばりながらミツムネが何度も首を横に振る。
「ム……ムリ……ッ!」
 押し殺すような声の訴えを却下して、俺は先ほどの続きとばかりに敏感な部分を刺激する。
「!!!」
 耐えかねたミツムネの両手が俺の頭部を強く抱く。小刻みに体を震わせて必死で快感に耐えているさまは、この上なく淫らに思えた。
「……イきたい?」
 甘い誘惑に、負けじと首を振る。が、理性とは反対に、素直な体は欲望を撒き散らそうと、全身に力をこめた。
「っや……っ、ム、リ……っ!!」
 声にならない声で切願する顔が愛しくて
「逆効果だ……」
 俺は静かにつぶやくと、ミツムネを快感へと導く。
「ダ……メ、いーんちょ……っ!!」
 声を抑えようと足掻いたミツムネが、咄嗟に俺の首元に歯を立てる。
「……っ!!」
 鋭い犬歯が与える鈍い感覚を甘受しながら、俺は僅かに嗤った。

 そう、痛みなど、あるはずがない。
 例えあったとしても、それは欲望を加速させるための媚薬なのだ。